RESEARCH #032 · 海域データ・法令

福岡の海は、どこまで自由か

How Free Is the Sea? — Overlaying Every Official Zone on Hakata Bay, 120.8 km²

「禁止」は0km²だった 白紙の海も9.2%だけ 同じ市内の島に、あと1.1km届かない
AI自由
研究中
Abstract

要旨

道路には「進入禁止」の標識が立っている。海には、立っていない。では福岡の海は、どこまで自由なのか。海上保安庁の一次データを全部落としてきて、博多湾に重ねた。

まず驚いたのは、「法令で禁止」と言い切れる海が、博多湾に1km²も無かったことである。漁業権の区域も、港則法の航路も、養殖のいかだも、通ること自体は禁じていない。禁止面積は 0.0 km²、割合にして 0%。海は、法令の文面上はほぼ全面が開いている。

ところが逆から見ると、「何もかかっていない海」も 9.2%(11.1 km²)しかなかった。残る 83.3% は「通ってよいが、先に誰かの都合がある海」である。博多湾の 90.7% は、誰かの共同漁業権の中にある。

そして、自由を実際に縛っていたのは海の上ではなかった。船舶検査証書に書かれた航行区域と、陸側の出艇場所——紙が2枚である。その証拠に、同じ福岡市西区にある小呂島へは、水上オートバイでも2級のボートでも、法的に自力で到達できない。5海里の帯が、あと 1.1km 足りない。

海に線は引かれていない。線は、書類の上にあった。

Method

方法

区域データ
海洋状況表示システム「海しる」API(海上保安庁)から、経度129.95〜130.62/緯度33.45〜33.92の範囲で全レイヤを取得。共同漁業権31件・区画漁業権65件・定置漁業権3件・港則法区域4件・航路2件・びょう地4件・港湾区域3件。海上交通安全法の航路は0件(東京湾・伊勢湾・瀬戸内海にしか無いので、これは正しい)。
翻訳する
海しるは区域を地図に出してくれるが、「で、水上バイクは入っていいのか」には答えてくれない。そこで区域種別 × 乗り物の可否を、根拠条文つきの判定表に落とした。判定は4段階(法令で禁止/避ける/条件付き/区域規制なし)。確認できていない条文には「未確認」の印を立てて画面に出している。
博多湾の範囲
船舶安全法施行規則 別表第一 二十八の平水区域「福岡県志賀島大埼から同県西浦埼まで引いた線及び陸岸により囲まれた水域」。条文は岬の名前しか与えないので、大埼=志賀島の最西点、西浦埼=大埼から陸を横切らずに届く海岸の最外点(=接点。条文の線は水上を通らねばならないので接点以外はありえない)として求めた。結果は湾口6.39km・面積120.8km²で、通説の博多湾の面積とほぼ一致する。
航行区域の帯
国土数値情報の行政区域(令和8年1月1日)から陸地を融合し、海岸から2海里/5海里をバッファ。連結成分ごとに別の帯として出力している。全陸地を一括バッファして1枚にすると、本土の帯から離島の輪へ渡れると描いてしまうためである。
面積の計算
すべて平面直角座標系に投影してから求積。重なりは和集合を取ってから差し引いているので、二重計上は無い。生成AIによる推定は使っていない——区域は公的データそのまま、面積は幾何計算、判定は条文からの決定的な対応づけである。設計・検証・言語化をAIが行い、数値は同じデータから何度でも再現できる。
この帯を1枚にしてはいけない理由 日本小型船舶検査機構は、水上オートバイの航行区域について「沿岸から2海里の地点と、離島から2海里の地点が重複した場合であっても、当該地点における海岸から2海里の地点を越えるため航行区域違反となり、航行できません」と明記している。つまり離島の2海里圏を伝って距離を伸ばすことはできない。帯が3本に割れているのは描画の都合ではなく、規則そのものの形である。
Result 1

博多湾に「法令で禁止」は1km²も無かった

全レイヤを重ねて、博多湾 120.8 km² を4色に塗り分けた結果がこれである。

法令で禁止
0.0 km²
避ける(施設・航路)
9.0 km²
条件付き
100.7 km²
区域規制なし
11.1 km²

「禁止ゼロ」は直感に反するが、条文を読むとそうなる。いちばん大きいのは共同漁業権で、博多湾の 90.7%(109.5 km²)を覆っている。ところが——

漁業権の区域は、通ってはいけないのか 通れる 漁業権は漁業を営む権利であって、通航を禁じる権利ではない。禁止されるのは操業の妨害と漁具の損壊で、これらが漁業権の侵害にあたる。ただし漁船から水上オートバイは見えにくいという声が実際に出ており、漁具や操業中の船に寄らないことは別途必要である。
港則法の航路は、小型船も通ってはいけないのか 義務の対象外 総トン数20トン未満は港則法上の「汽艇等」にあたり、航路によらなければならない義務(第十二条)は課されない。ただし第十八条で汽艇等は汽艇等以外の船舶の進路を避けなければならない。つまり航路の中では誰にも優先されない立場になる。法的には通れるが、実質的には入るべきでない——これが「避ける」の中身である。
では、養殖のいかだは 物理的に無理 区画漁業権(のり網・かき筏)は博多湾の 4.7%(5.6 km²)。ここは条文の問題ではなく施設が実際に浮いている。水面下にあって見えない場合もある。損壊すれば賠償対象で、スクリューに網を巻けば自分も動けなくなる。

港則法の港域が博多湾の 64.7%、港湾区域が 61.8%、びょう地が 62.0%。これらは重なり合っていて、合わせると湾のほぼ全面になる。「禁止ではないが、手続きや優先関係が変わる海」が、博多湾の実体だった。

この構造があるので、地図では塗りと枠線を使い分けている。塗りは「実際にそこに何かがある区域」(養殖施設・漁具・航路)、枠線は「手続きが変わるだけの広い区域」(港域・港湾区域)。全部塗ると、博多湾がまるごと禁止区域に見えてしまう。

Result 2

自由を決めていたのは、海ではなく紙だった

乗り物を変えても、「何もかかっていない海」の面積は 11.1 km² のまま動かない。動くのは「避ける」と「条件付き」の境目だけである。ところが「そもそも行ける水域の広さ」は、14倍も違う。

法令で禁止 避ける 条件付き 区域規制なし
小呂島(福岡市西区)へ
姫島(糸島市)へ

※ 内訳は博多湾(平水区域)120.8 km² を100%とした面積比。海水浴場は公開データが「点」しか無いため面積に含めていない。

SUP・カヌーには航行区域が無い。推進機関が無ければ免許も船舶検査も要らないからである。法的にいちばん自由なのは、いちばん遅い乗り物だった。もっとも、海上衝突予防法上の「船舶」にはあたるので、見張りと衝突回避の義務は同じようにかかる。

Result 3

同じ市内の島に、あと1.1kmで届かない

この研究でいちばん奇妙だったのが、これである。

2海里帯(水上オートバイ)
3本に分裂
本土 971.8 km² / 小呂島 55.9 / 姫島 44.9
本土帯 → 小呂島帯
13.1 km
渡れない海の幅
5海里帯(2級ボート)
1.1 km
それでも、まだ届かない

小呂島は福岡市西区の離島である。姪浜からは直線で約36km。ところが——

つまり小呂島へ自力で行くには、1級免許と、沿海区域以上の検査証書を備えた船が要る。それ以外の手段は、福岡市営渡船である(姪浜発、片道約65分、1日1〜2便。博多湾内で完結せず玄界灘に出るため、他航路より欠航が多い)。

行政区域としては同じ市内なのに、レジャーの乗り物では到達できない。この非対称は、海に線が引かれているからではなく、船の検査証書という紙に線が引かれているから起きている。

Result 4

いちばんの制約は、海の上に無かった

ここまで海の上を細かく塗り分けてきたが、実際にこの遊びを止めているのは、海ではない。

出艇場所砂浜や漁港のスロープから勝手に出すことは、港湾管理者や漁協の扱い上ほぼできない

現実には、許可された拠点(マリーナなど)から出すことになる。海の上がどれだけ開いていても、水際で止まる。120.8 km² の塗り分けは、そこを通過できた人にだけ意味がある。

そしてこの地図には、出艇場所を意図的に載せていない。理由は面倒だったからではない。

ビジターを受け入れるか、水上オートバイを扱うか 営業情報 行政のオープンデータに存在しない。区域データのように一次資料から機械的に取れる種類の情報ではなく、各事業者に確認して、確認日つきで持つしかない
では、それらしい座標を置いておけば 害になる 「地図にあったから行ったのに、出せなかった」が起きる。この地図の全体は「行ってよいか」を判断するための道具なので、いちばん判断に効く場所で嘘をつくと、他の全部の信頼が落ちる。載せるなら公式情報+確認日を付ける形で、というのが現時点の結論である。

結果として、この研究がいちばん自信を持って言えるのは「海の上のこと」で、いちばん知りたいのは「陸のこと」という、ややねじれた形になった。それは隠さずに書いてある。

Conclusion

結論

「福岡の海はどこまで自由か」への答えは、通行はほぼ全面自由、利用はほぼ全面不自由である。

博多湾に法令上の禁止区域は無い。だが 90.7% は誰かの漁業権の中にあり、6割超は港則法と港湾法の区域と重なっている。「通ってよい」と「好きに使ってよい」の間には、はっきりした段差がある。陸の道路と違って標識が立っていないので、その段差は見えない。この地図がやったのは、見えない段差に色を塗ることだった。

そして自由の上限は、海ではなく紙が決めていた。免許の級と、船舶検査証書の航行区域と、出艇場所。この3枚で、行ける海の広さは 120.8 km² から 1,757 km² まで14倍変わる。同じ海である。

※ これは参考情報です。色が付いていない場所が安全という意味ではありません。
最終的な確認は福岡海上保安部・地元漁協・港湾管理者へ。海水浴場は公開データが「範囲」ではなく「点」しか無く(環境省の水質調査対象一覧は区域図ではない)、座標も大字レベルの概略位置です。遊泳区域への乗り入れそのものを一律に禁止する福岡県の条文は確認できておらず、確認できたのは福岡県迷惑行為防止条例 第九条(水浴場等における危険行為の禁止)までです。水路通報・航行警報は入っていないので、工事区域や新設の障害物は反映されていません。漁業権は年度で切り替わり、現行免許の有効期間は2029年2月28日までです。平水区域の端点(大埼・西浦埼)は条文から推定した座標であり、公式に公示された座標ではありません。
これは allfesta Labs の研究です

この自由研究は、地図になっています。

AI自由研究は、福岡発の AI 会社 allfesta の研究部門です。本稿の区域はすべて一次データそのままで、面積は幾何計算、判定は条文からの対応づけです(生成AIによる推定は使っていません)。乗り物を切り替えると同じ海の色が変わる地図を、そのまま公開しています。

References

ネタもと