要旨— 禁止はゼロ。ただし自由でもなかった
道路には「進入禁止」の標識が立っている。海には、立っていない。では福岡の海は、どこまで自由なのか。海上保安庁の一次データを全部落としてきて、博多湾に重ねた。
まず驚いたのは、「法令で禁止」と言い切れる海が、博多湾に1km²も無かったことである。漁業権の区域も、港則法の航路も、養殖のいかだも、通ること自体は禁じていない。禁止面積は 0.0 km²、割合にして 0%。海は、法令の文面上はほぼ全面が開いている。
ところが逆から見ると、「何もかかっていない海」も 9.2%(11.1 km²)しかなかった。残る 83.3% は「通ってよいが、先に誰かの都合がある海」である。博多湾の 90.7% は、誰かの共同漁業権の中にある。
そして、自由を実際に縛っていたのは海の上ではなかった。船舶検査証書に書かれた航行区域と、陸側の出艇場所——紙が2枚である。その証拠に、同じ福岡市西区にある小呂島へは、水上オートバイでも2級のボートでも、法的に自力で到達できない。5海里の帯が、あと 1.1km 足りない。
海に線は引かれていない。線は、書類の上にあった。
方法— 区域を全部落として、乗り物ごとに翻訳した
- 区域データ
- 海洋状況表示システム「海しる」API(海上保安庁)から、経度129.95〜130.62/緯度33.45〜33.92の範囲で全レイヤを取得。共同漁業権31件・区画漁業権65件・定置漁業権3件・港則法区域4件・航路2件・びょう地4件・港湾区域3件。海上交通安全法の航路は0件(東京湾・伊勢湾・瀬戸内海にしか無いので、これは正しい)。
- 翻訳する
- 海しるは区域を地図に出してくれるが、「で、水上バイクは入っていいのか」には答えてくれない。そこで区域種別 × 乗り物の可否を、根拠条文つきの判定表に落とした。判定は4段階(法令で禁止/避ける/条件付き/区域規制なし)。確認できていない条文には「未確認」の印を立てて画面に出している。
- 博多湾の範囲
- 船舶安全法施行規則 別表第一 二十八の平水区域「福岡県志賀島大埼から同県西浦埼まで引いた線及び陸岸により囲まれた水域」。条文は岬の名前しか与えないので、大埼=志賀島の最西点、西浦埼=大埼から陸を横切らずに届く海岸の最外点(=接点。条文の線は水上を通らねばならないので接点以外はありえない)として求めた。結果は湾口6.39km・面積120.8km²で、通説の博多湾の面積とほぼ一致する。
- 航行区域の帯
- 国土数値情報の行政区域(令和8年1月1日)から陸地を融合し、海岸から2海里/5海里をバッファ。連結成分ごとに別の帯として出力している。全陸地を一括バッファして1枚にすると、本土の帯から離島の輪へ渡れると描いてしまうためである。
- 面積の計算
- すべて平面直角座標系に投影してから求積。重なりは和集合を取ってから差し引いているので、二重計上は無い。生成AIによる推定は使っていない——区域は公的データそのまま、面積は幾何計算、判定は条文からの決定的な対応づけである。設計・検証・言語化をAIが行い、数値は同じデータから何度でも再現できる。
博多湾に「法令で禁止」は1km²も無かった— かわりに、白紙の海も9.2%しかない
全レイヤを重ねて、博多湾 120.8 km² を4色に塗り分けた結果がこれである。
「禁止ゼロ」は直感に反するが、条文を読むとそうなる。いちばん大きいのは共同漁業権で、博多湾の 90.7%(109.5 km²)を覆っている。ところが——
港則法の港域が博多湾の 64.7%、港湾区域が 61.8%、びょう地が 62.0%。これらは重なり合っていて、合わせると湾のほぼ全面になる。「禁止ではないが、手続きや優先関係が変わる海」が、博多湾の実体だった。
この構造があるので、地図では塗りと枠線を使い分けている。塗りは「実際にそこに何かがある区域」(養殖施設・漁具・航路)、枠線は「手続きが変わるだけの広い区域」(港域・港湾区域)。全部塗ると、博多湾がまるごと禁止区域に見えてしまう。
自由を決めていたのは、海ではなく紙だった— 切り替えてみてほしい
乗り物を変えても、「何もかかっていない海」の面積は 11.1 km² のまま動かない。動くのは「避ける」と「条件付き」の境目だけである。ところが「そもそも行ける水域の広さ」は、14倍も違う。
※ 内訳は博多湾(平水区域)120.8 km² を100%とした面積比。海水浴場は公開データが「点」しか無いため面積に含めていない。
SUP・カヌーには航行区域が無い。推進機関が無ければ免許も船舶検査も要らないからである。法的にいちばん自由なのは、いちばん遅い乗り物だった。もっとも、海上衝突予防法上の「船舶」にはあたるので、見張りと衝突回避の義務は同じようにかかる。
同じ市内の島に、あと1.1kmで届かない— 小呂島は福岡市西区である
この研究でいちばん奇妙だったのが、これである。
小呂島は福岡市西区の離島である。姪浜からは直線で約36km。ところが——
- 1水上オートバイでは行けない。航行区域は「海岸から2海里以内」で、本土の帯と小呂島の帯は 13.1km 離れている。離島の帯を伝って距離を伸ばすことは、規則で明確に禁じられている。
- 22級免許+沿岸区域のボートでも行けない。5海里まで広げても帯は2本に割れたままで、そのギャップは 1.1km。あと1.1km足りずに、法的に到達できない。
- 3姫島(糸島市)は、5海里なら届く。本土の5海里帯に入っている。ただし水上オートバイの2海里帯では 4.6km 離れているので、こちらも届かない。
つまり小呂島へ自力で行くには、1級免許と、沿海区域以上の検査証書を備えた船が要る。それ以外の手段は、福岡市営渡船である(姪浜発、片道約65分、1日1〜2便。博多湾内で完結せず玄界灘に出るため、他航路より欠航が多い)。
行政区域としては同じ市内なのに、レジャーの乗り物では到達できない。この非対称は、海に線が引かれているからではなく、船の検査証書という紙に線が引かれているから起きている。
いちばんの制約は、海の上に無かった— だから地図に載せていない
ここまで海の上を細かく塗り分けてきたが、実際にこの遊びを止めているのは、海ではない。
現実には、許可された拠点(マリーナなど)から出すことになる。海の上がどれだけ開いていても、水際で止まる。120.8 km² の塗り分けは、そこを通過できた人にだけ意味がある。
そしてこの地図には、出艇場所を意図的に載せていない。理由は面倒だったからではない。
結果として、この研究がいちばん自信を持って言えるのは「海の上のこと」で、いちばん知りたいのは「陸のこと」という、ややねじれた形になった。それは隠さずに書いてある。
結論— 通るのは自由、使うのは自由でない
「福岡の海はどこまで自由か」への答えは、通行はほぼ全面自由、利用はほぼ全面不自由である。
博多湾に法令上の禁止区域は無い。だが 90.7% は誰かの漁業権の中にあり、6割超は港則法と港湾法の区域と重なっている。「通ってよい」と「好きに使ってよい」の間には、はっきりした段差がある。陸の道路と違って標識が立っていないので、その段差は見えない。この地図がやったのは、見えない段差に色を塗ることだった。
そして自由の上限は、海ではなく紙が決めていた。免許の級と、船舶検査証書の航行区域と、出艇場所。この3枚で、行ける海の広さは 120.8 km² から 1,757 km² まで14倍変わる。同じ海である。
この自由研究は、地図になっています。
AI自由研究は、福岡発の AI 会社 allfesta の研究部門です。本稿の区域はすべて一次データそのままで、面積は幾何計算、判定は条文からの対応づけです(生成AIによる推定は使っていません)。乗り物を切り替えると同じ海の色が変わる地図を、そのまま公開しています。
ネタもと— 一次資料・前提
- A海洋状況表示システム「海しる」API(海上保安庁)
共同・区画・定置漁業権(2024年度免許、有効期間 2024-03-01〜2029-02-28)、港則法の港域・航路・びょう地、港湾区域。区域データはビルド時に取得して焼き込んでおり、閲覧時にAPIを叩いていない(利用規約 第9条の大量アクセスを避けるため)。
このサービスは、海しるAPIを利用して取得した情報をもとに作成しているが、サービスの内容は海上保安庁によって保証されたものではない。 - B船舶安全法施行規則 別表第一 二十八
平水区域(博多湾)の定義。「福岡県志賀島大埼から同県西浦埼まで引いた線及び陸岸により囲まれた水域」。 - C日本小型船舶検査機構(JCI)
特殊小型船舶(水上オートバイ)の航行区域。「安全に発着できる任意の地点から15海里以内の水域のうち、当該地点における海岸から2海里以内の水域」。離島の2海里圏を伝って距離を伸ばせないことの明記も同機構による。 - D港則法(第十二条・第十三条・第十八条)/ 福岡県迷惑行為防止条例 第九条
汽艇等の扱いと避航義務、航路内の禁止行為。遊泳者付近での危険行為の禁止(罰則は第十一条第5項)。 - E国土数値情報 N03 行政区域(令和8年1月1日)/ 地理院タイル(国土地理院)
2海里・5海里の帯を作るための陸地形状と、背景地図。 - F環境省「令和7年度 水浴場(開設前)水質調査結果」/ 福岡市営渡船
海水浴場の一覧(座標は国土地理院 住所検索APIによる概略位置)。小呂島航路の運航情報。 - G福岡近海 マリンレジャー可否マップ(本稿の地図)
marine.dx-fukuoka.com 乗り物ごとに同じ海の色が変わる。区域をタップすると判定・根拠条文・確認先が出る。