要旨— 速報は遅れていない。距離が足りなかった
2026年7月28日16時27分、熊本県熊本地方で M7.1・最大震度7の地震が起きた。携帯が鳴ったとき、揺れはもう来ていたのか。それとも先に鳴っていたのか。気象庁が出した緊急地震速報の電文を、地域ごとに34件ぶん拾って、引き算した。
結果は、拍子抜けするほど単純だった。猶予秒数は、震源からの距離のほぼ一次式である。距離だけで、猶予の8割が説明できてしまう(R²=0.80)。しかも回帰の傾きの逆数は 3.70 km/s ——地震計を1台も持たずに、電文の時刻だけから S波の速度が出てきた。
その式に猶予ゼロを代入すると、半径およそ38km が出る。この円の中では、どんなに気象庁が速くても原理的に間に合わない。そして震度7を記録した場所は、震源から21kmだった。
いっぽう福岡には、28秒あった。猶予がいちばん要る場所には猶予がなく、猶予が余っている場所には、身を守る必要がなかった。
速報は速い。速報より速いものが、ひとつだけある。
方法— 3分ごとに電文を拾って、引き算しただけ
- データ源
- P2P地震情報 v2 API(気象庁の防災情報電文をJSON化したもの)。緊急地震速報(コード556)と地震情報(551)を、VPS上のスクリプトが3分ごとに取りに行き、SQLite に貯めている。コード556は「緊急地震速報(警報)」——予測震度5弱以上のときだけ出るもので、予報級(震度3〜4)は含まれない。
- 猶予秒数の定義
- 猶予 = その地域のS波到達予測時刻 − その地域を名指しした電文の発表時刻。負なら「発表より前に揺れが着く」=原理的に間に合っていない。速報は第1報・第2報…と続くので、各地域について、最初にその地域を名指しした報を基準にした。
- 標本
- 2026年7月28日〜29日の熊本の3地震(本震 M7.1/余震 M6.1/余震 M5.8。いずれも気象庁の確定値)。到達予測時刻を持つ地域×速報 34件。緊急地震速報は震源に近い地域から順に名指しされるので、1つの地震から複数の距離が取れる。
- 「発生」の基準
- 発生時刻は気象庁が事後解析で確定した値(本震は16時27分15.2秒)を使っている。速報の電文が持つ発生時刻は「仮定震源要素」=速報自身の推定値で、本震では2.8秒ずれていた。速報の速さを測るのに速報自身の推定を基準にすると、実際より速く見える。
- 震源距離
- 電文の震源緯度経度と、その地域にある気象庁震度観測点の平均座標との大円距離に、震源の深さを合成した震源距離(斜距離)。観測点の座標は国土地理院のジオコーディングAPIで住所から引いてある(全国1,694点取得済み)。
- 実測震度
- 同じ地震の地震情報(551)から、地域内の観測点の最大震度。気象庁は同じ地震について複数の電文を出し、後の電文ほど観測点が増えるので、地点で束ねて最大値を採っている(素朴に足すと同じ地点を二重に数えて2,430点になる)。本震は1,290観測点。
- 使わなかったもの
- 生成AIによる推定は一切していない。回帰も距離もすべて決定論的な計算で、同じデータからは何度やっても同じ数字が出る。収集系の設計・分析・言語化をAIが行い、数値は公開電文から再現できる。
ただし気象庁自身が2008年4月28日以降の警報340件を公開しており、各件に地域別の主要動到達時間が付いている。本稿の34件は、そのうち直近3件を電文から起こしたものにあたる。全国・全期間へ広げる道は開いている。
気象庁は、3秒で発表していた— 遅いのは速報ではない
まず、速報そのものの速さを見る。「揺れてから鳴った」体験を、気象庁のせいにできるかどうかである。
本震では、発生から6.2秒後に第1報が出ている。地面が動きはじめてから6秒である。しかもこれは速いほうで、気象庁が2008年以降に警報を出した340件の中央値は11.7秒——熊本はその約半分だった。震源が陸の内陸で、まわりに観測点が密にあるからである。
比較のために、同じ地震の別の電文がいつ出たかを並べる。緊急地震速報がどれだけ特別な速さかが分かる。
結論として、気象庁の網は速い。「間に合わなかった」の原因を、発表の遅さに求めることはできない。原因は別のところにある。
猶予は、距離の一次式だった— つまみを動かしてみてほしい
34地域の猶予を、震源距離に対して並べる。散らばりを期待していたのだが、ほとんど直線に乗ってしまった。
● 本震 M7.1 / ● 余震 M6.1 / ● 余震 M5.8(気象庁の確定値)。横軸は深さを合成した震源距離で、位置と深さは速報がその時点で使っていた推定値——到達予測もそこから計算されているため。灰色の帯が「猶予が生まれない領域」。
当てはめた式はこれである。
この式の傾きの逆数は 1 ÷ 0.270 = 3.70 km/s。これはS波(大きく揺れる波)の伝わる速度そのものである。地殻内のS波速度は一般に 3.4〜3.9 km/s とされるから、きれいにその中に入っている。
地震計は1台も持っていない。公開されている電文の「発表時刻」と「到達予測時刻」を引き算して距離で割っただけで、地面の中を波が伝わる速さが出てきた。猶予秒数の正体は、要するに「S波が走ってくるのに、あと何秒かかるか」でしかなかった。
半径38kmの円の中では、誰も間に合わない— 速さの問題ではなく、幾何の問題
式に猶予ゼロを入れて解くと、震源距離 37.6km が出る。
切片の −10.2秒 が、この円の正体である。検知に数秒、計算と配信に数秒。その間に、S波は震源のまわり38kmまで広がってしまう。気象庁がどれだけ速くなっても、この円はゼロにならない。ゼロにするには、揺れが起きる前に発表しなければならない。
そして今回の震源は、速報が発表された時点の推定で深さ10kmだった(気象庁が後に公表した値は16km)。いずれにせよ浅く、震源の真上に人が住んでいるタイプである。震度7を記録した観測点は、震源からわずか21km——円の内側にすっぽり入っている。
上のつまみで「深さ」を動かすと、この関係がよく見える。同じ震央距離でも、深い地震ほど猶予が伸びる。震源距離が長くなるからである。逆に言えば、猶予がゼロになるのは浅い直下型に限られる。海溝型の地震で「速報が間に合った」話をよく聞くのは、震源が沖にあって遠いからで、速報の性能が違うわけではない。
猶予がいちばん要る場所に、猶予はなかった— 28秒あった福岡は、震度3だった
本震で名指しされた20地域を、震源に近い順に並べる。左が猶予、右が実際に観測された震度である。
※ 紙面の都合で17地域を表示(宮崎県の3地域を省略)。省いた3地域も猶予 +10〜+21秒・実測震度4〜5弱で、傾向は同じ。
表を上から下へ読むと、猶予は増え、震度は下がる。これが今回いちばん強く出た関係である。猶予秒数と、その猶予を必要とする度合いは、ちょうど反対を向いている。
福岡市には 28秒 あった。28秒あれば、火を消してドアを開けて机の下に入っても、まだ余る。だが福岡市の観測点(中央区大濠・博多区博多駅前・早良区板屋ほか)で実際に記録されたのは、全区で震度3だった。何もしなくてよかった。
逆に、震度7を記録した地域に与えられた猶予は 0秒 である。速報が発表されたその瞬間に、S波の到達予測時刻が来ていた。
ついでに、速報の「予測震度」が当たっていたかも見た。18地域(震度の推定が「5弱以上」で止まっていた3地域を除く)のうち——
- 1一致 9地域。ちょうど半分は、予測どおりの震度が観測された。
- 2実測のほうが大きかった 8地域。過小評価。第1報の段階では M6.3 と見積もられていたので、当然そうなる。
- 3実測のほうが小さかった 1地域——福岡県福岡。予測震度4に対して、実測は震度3。28秒の猶予を与えられた唯一の過大評価地域が、いちばん遠い側の福岡だった。
速報は、遠い場所に対しては「余裕をもって、やや大きめに」知らせている。それは防災の設計として正しい。ただしその余裕は、いちばん揺れる場所には配れない。
結論— 間に合わなかったのではなく、届く前に着いていた
「緊急地震速報は間に合ったのか」への答えは、場所による——ただし、その「場所による」の中身が、思っていたよりずっと単純だった。
猶予は距離の一次式で、傾きはS波の速度、切片は発表までに食う時間である。変数は距離しかない。気象庁の努力で動かせるのは切片の10秒だけで、傾きは地球の物性なので誰にも動かせない。
だから実務的な含意は、ひとつしかない。「速報が鳴ったら身を守る」という訓練は、震源から遠い人にとっては有効で、近い人にとっては成立しない。震源の真上にいる人にとって、速報は「今の揺れは地震です」という事後の説明として届く。それでも無価値ではない——動転している最中に、原因が分かるというのは大きい。ただしそれは「警報」ではない。
震源近くで生き残るために効くのは、速報ではなく、速報が鳴る前から効いているもの——建物の強度、家具の固定、寝ている場所の上に何が載っているか——のほうである。38kmの円の中では、防災は事前にしか存在しない。
次の問い。傾き(S波の速度)は地球の物性なので誰にも動かせないが、切片——発表までに食う10秒——は技術で動くはずである。では、この18年でどれだけ縮んだのか。気象庁は2008年4月28日以降の警報級 340件を公開しているので、取り込んで数えた。
結果は、予想と違った。発生から第1報までの中央値は、2008年 12.2秒 → 2026年 9.8秒。18年で 2.4秒しか縮んでいない。しかも年ごとの上下は、技術の進歩よりもその年にどこで地震が起きたかで説明がつく——2016年が 8.5秒と速いのは熊本の内陸群発(観測点が密)、2011年が 14.9秒と遅いのは三陸沖(海域で遠い)だからである。年の効果と震源の場所が、きれいに交絡している。これを解くには最寄り観測点までの距離で補正する必要があり、それは次の研究になる。ひとつだけ確かなのは、切片は「技術で縮められる」と思われているほど縮んでいないということである。
この自由研究は、動き続けています。
AI自由研究は、福岡発の AI 会社 allfesta の研究部門です。本稿の数字は公開電文から決定論的に計算したもので、生成AIによる推定は使っていません。この収集系はいまも3分ごとに動いていて、集めた震度データは公開しています(リアルタイム警報は出しません。気象庁の発表を伝えるのは合法ですが、自前で予測して警報を出すには気象業務法の予報業務許可が要るためです)。
ネタもと— 一次資料・前提
- AP2P地震情報 v2 API(気象庁 防災情報電文のJSON化)
緊急地震速報(コード556)のareas[].arrivalTimeが地域別S波到達予測時刻。地震情報(551)のpoints[]が観測点別震度。履歴は556が5件・551が約19日分。 - B気象庁 防災情報XML 技術資料「地震火山関連コード表」シート24
全国4,361点の震度観測点一覧(観測点コード・名称・市町村・細分区域)。緯度経度は含まれない。 - C国土地理院 ジオコーディングAPI
観測点の住所から緯度経度を取得(無料・キー不要)。1,694点取得・失敗ゼロ。市の代表点を返すことがあるため検証を挟んでいる。 - D気象庁「緊急地震速報について」/「緊急地震速報(警報)発表状況」
検知から発表までの仕組みと、震源近傍では猶予がほとんど無いこと(いわゆるブラインドゾーン)の公式説明。あわせて2008年4月28日以降の警報340件が、地震ごとの「緊急地震速報の内容」と「主要動到達時間」つきで公開されている。 - E気象庁「令和6年(2024年)の緊急地震速報の提供状況」(地震・火山月報 防災編)
2024年の発表回数は予報1,215回、うち警報33回。本稿が扱うコード556は警報のほうにあたる。 - Fquake-watch(本稿の収集・分析系)
quake.dx-fukuoka.com VPS上で3分ごとに収集。事後の記録と分析のみを公開している。