RESEARCH #029 · 地震観測網の設計

次の地震観測点は、どこに置けばいいのか。

Where Should the Next Seafloor Instrument Go? — 9 Subduction Zones, One Ruler

世界9帯を同じ物差しで 陸1,500点 + 海底25点 結論:数ではなく、海溝までの距離 1点の機材費は1,780万円だった
AI自由
研究中

要旨— 器械だらけの国の、見えていない場所

日本には地震の観測点が異常に多い。国土地理院のGNSS観測網だけで全国1,300点以上、南海トラフ周辺に限っても768点が動いている。

それなのに、南海トラフの浅いところ——津波を出す側、1944年と1946年に割れた側——は、いまも直接は見えていない。観測点が全部、陸の上にあるからだ。震源域は100km以上沖にある。

そこで、逆から聞いてみた。次の1点をどこに置けば、一番効くのか。

答えは地図になった。そして途中で、もっと身も蓋もないことが分かった。陸に10点足しても、ほとんど何も増えない。海に1点出せば、その23倍から116倍が一気に入る。

器械の数ではなく、器械と海溝の距離で決まっていた。

方法— 「決まっている量」を数える

「その場所を足すとデータによく合うか」では測れない。まだ取っていないデータには、どんな場所でも合ってしまう。

プレートの動き
56枚のプレートの回転(NNR-MORVEL56)から、海溝で年何ミリ沈み込むかを計算する。論文の公表値と最大0.32mm/年で一致することを確認済み。
断層の形
米国地質調査所の Slab2。沈み込む板の深さと傾きが、全世界0.05度刻みで公開されている。
地面の伸び縮み
断層が1m滑ったとき地表がどう動くかは、Okada (1985) の弾性解で計算できる。2011年東北地震の実測変位と、方位で3度以内まで合うことを確認した。
効きの指標
分解能行列。データが実際に決めているパラメータ数を数える。幾何だけで決まるので、何も建てる前に計算できる。ここが肝で、候補1点あたり行列演算1回、数百点を数秒で掃ける。

使ったデータは全部公開されている。海底の観測データは海上保安庁が誰でも落とせる形で出している——登録も要らない。これが世界で唯一だと後で分かる。

陸の観測点は、もう効かない— 768点と667点の話

まず現状を測った。いまの観測網が、界面の何割を決めているか。

南海トラフ
52%
陸768点 + 海底19点
カスカディア(米西岸)
21%
陸667点 + 海底ゼロ
日本海溝
18%
陸188点 + 海底6点

南海とカスカディアを見比べてほしい。陸上の観測点は768と667で、ほぼ同じ数だ。それなのに浅部の分解能は52%と21%、倍以上ちがう。

差は海底19点しかない。

9つの沈み込み帯で相関を取ると、はっきりする。陸上観測点の数との相関は +0.70。海底観測点の数とは +0.84。そして最寄りの観測点の下でスラブが何km の深さにあるか——つまり器械が海溝にどれだけ近いか——との相関が −0.72(浅いほど良い)。

陸上局を数えても、ほとんど何も分からない。

足すなら、ここ— 触ってみてほしい

候補を0.3度刻みで海に並べ、1点ずつ「足したら分解能がいくら増えるか」を計算した。濃いマスほど効く。

10km20km30km40km30.8N 131.5E / 改善量 0.2530.8N 131.8E / 改善量 0.5130.8N 132.1E / 改善量 0.5430.8N 132.4E / 改善量 0.6530.8N 132.7E / 改善量 0.6431.1N 131.5E / 改善量 0.2031.1N 131.8E / 改善量 0.3431.1N 132.1E / 改善量 0.5231.1N 132.4E / 改善量 0.5531.1N 132.7E / 改善量 0.6331.1N 133.0E / 改善量 0.6331.4N 131.5E / 改善量 0.1131.4N 131.8E / 改善量 0.2131.4N 132.1E / 改善量 0.4631.4N 132.4E / 改善量 0.5431.4N 132.7E / 改善量 0.5931.4N 133.0E / 改善量 0.5131.4N 133.3E / 改善量 0.3631.7N 131.8E / 改善量 0.1731.7N 132.1E / 改善量 0.2431.7N 132.4E / 改善量 0.4131.7N 132.7E / 改善量 0.2331.7N 133.0E / 改善量 0.3231.7N 133.3E / 改善量 0.3131.7N 133.6E / 改善量 0.0932.0N 131.8E / 改善量 0.0632.0N 132.1E / 改善量 0.0732.0N 132.4E / 改善量 0.0732.0N 132.7E / 改善量 0.1132.0N 133.0E / 改善量 0.1532.0N 133.3E / 改善量 0.0532.0N 133.6E / 改善量 0.0632.0N 133.9E / 改善量 0.0632.0N 134.2E / 改善量 0.1132.3N 132.1E / 改善量 0.0632.3N 132.4E / 改善量 0.0432.3N 132.7E / 改善量 0.0632.3N 133.0E / 改善量 0.0532.3N 133.3E / 改善量 0.0432.3N 133.6E / 改善量 0.0532.3N 133.9E / 改善量 0.1132.3N 134.2E / 改善量 0.0832.3N 134.5E / 改善量 0.3732.3N 134.8E / 改善量 0.2632.6N 132.1E / 改善量 0.0232.6N 132.4E / 改善量 0.0432.6N 132.7E / 改善量 0.0432.6N 133.0E / 改善量 0.0532.6N 133.3E / 改善量 0.0632.6N 133.6E / 改善量 0.0632.6N 133.9E / 改善量 0.0532.6N 134.2E / 改善量 0.3332.6N 134.5E / 改善量 0.4132.6N 134.8E / 改善量 0.1832.6N 135.1E / 改善量 0.1032.6N 135.4E / 改善量 0.0532.6N 135.7E / 改善量 0.0632.9N 133.3E / 改善量 0.0332.9N 133.6E / 改善量 0.0532.9N 133.9E / 改善量 0.1932.9N 134.2E / 改善量 0.3232.9N 134.5E / 改善量 0.2232.9N 134.8E / 改善量 0.0932.9N 135.1E / 改善量 0.0532.9N 135.4E / 改善量 0.0632.9N 135.7E / 改善量 0.0432.9N 136.0E / 改善量 0.0632.9N 136.3E / 改善量 0.0732.9N 136.6E / 改善量 0.0133.2N 133.6E / 改善量 0.0233.2N 133.9E / 改善量 0.1033.2N 134.5E / 改善量 0.0433.2N 134.8E / 改善量 0.0533.2N 135.1E / 改善量 0.0233.2N 135.4E / 改善量 0.0533.2N 135.7E / 改善量 0.0233.2N 136.0E / 改善量 0.0633.2N 136.3E / 改善量 0.0333.2N 136.6E / 改善量 0.0433.2N 136.9E / 改善量 0.0533.2N 137.2E / 改善量 0.0133.5N 134.8E / 改善量 0.0433.5N 135.1E / 改善量 0.0433.5N 136.3E / 改善量 0.0233.5N 136.6E / 改善量 0.0433.5N 136.9E / 改善量 0.0333.5N 137.2E / 改善量 0.1233.5N 137.5E / 改善量 0.2033.8N 134.8E / 改善量 0.0233.8N 136.6E / 改善量 0.0533.8N 136.9E / 改善量 0.0833.8N 137.2E / 改善量 0.1333.8N 137.5E / 改善量 0.1533.8N 137.8E / 改善量 0.0333.8N 138.1E / 改善量 0.0234.1N 136.6E / 改善量 0.0334.1N 136.9E / 改善量 0.0534.1N 137.2E / 改善量 0.0634.1N 137.5E / 改善量 0.0434.1N 137.8E / 改善量 0.0634.1N 138.1E / 改善量 0.08既存の海底局 ASZ1既存の海底局 ASZ2既存の海底局 HYG1既存の海底局 HYG2既存の海底局 KUM1既存の海底局 KUM2既存の海底局 KUM3既存の海底局 KUM4既存の海底局 MRT1既存の海底局 MRT2既存の海底局 MRT3既存の海底局 SIO2既存の海底局 SIOW既存の海底局 TOK1既存の海底局 TOK2既存の海底局 TOK3既存の海底局 TOS1既存の海底局 TOS2既存の海底局 ZENW123九州四国紀伊半島日向灘南海トラフ駿河湾
濃いほど効く(マスに触れると数値) いまある海底局 おすすめ 1〜3 点線=沈み込む板の等深線

南海トラフの1位は 30.8°N 132.4°E。日向灘にある既存局(HYG1・HYG2)より、さらに南。ここは走向方向の分解能が0.174と、全体で最も低い区域だった。

日本海溝の1位は 40.7°N 144.3°E。三陸沖の北。既存の6点は 38.1〜38.9°N に固まっていて、39°N より北には1点もない

「モデルの端っこを埋めているだけでは?」を疑って確認した。端の分解能0.379に対して内部0.408、ほぼ同じ。人工物ではなく、本当に見えていない場所を指している。

海1点は、陸10点の何倍か

比べるために、海岸沿いに新しい陸上局を10点足す場合も計算した。

南海トラフ
沿岸に陸上10点 → 改善 0.028 / 最良地点に海底1点 → 改善 0.647。23倍
日本海溝
沿岸に陸上10点 → 改善 0.008 / 最良地点に海底1点 → 改善 0.956。116倍

陸上局の追加がほぼ効かないのは、性能が悪いからではない。すでに十分密で、どれも同じものを見ているからだ。同じ角度から見る目をいくら増やしても、見えない裏側は見えない。

日本海溝は、6点に乗っている— 抜いてみた結果

逆もやった。いまある観測点を1つずつ抜いて、何が失われるかを測る。

1点抜いたときの損失を比べると、海底1点は陸上局の388倍(南海)/1272倍(日本海溝)にあたる。そして価値の高い上位は、両方の帯で全部が海底局だった。日本海溝の上位6局は KAMN・FUKU・KAMS・MYGI・MYGW・CHOS——存在する海底局6点、そのものだ。

価値の低い順に切っていくと、こうなる。

南海トラフ
787点のうち141点で95%を保てる
日本海溝
194点のうち18点で95%。最後まで残る12点は海底6点すべて+陸上6点

日本海溝の浅い側の情報は、実質6つの海底局に乗っている。

これは「陸の観測点を減らせ」という話ではありません。
GNSS観測網は国土測量・火山監視・活断層・リアルタイム測位など多くの仕事をしていて、ここで測ったのはそのうち沈み込み界面をどれだけ拘束するかという1つの用途だけです。各局が単独では安く見えるその冗長性こそ、故障に耐える理由でもあります。逆向きの問い——いま白紙からこの目的だけのために設計したら、どれだけ作るか——にだけ使える数字です。

結論— 分解能は、数ではなく距離で決まる

9つの沈み込み帯を同じ物差しで測って出てきたのは、拍子抜けするほど単純な話だった。

観測点をいくつ持っているかは、ほとんど効かない。効くのは器械が海溝にどれだけ近いか。そして海溝は海の下にあるので、近づくには船を出すしかない。

これは資金の話であると同時に、地理の話でもある。日本が界面の真上に器械を置けるのは、南海トラフが沖合100kmで、かつ国が豊かだから。チリの海溝も同じくらいの距離にあるが海底局はゼロ。アリューシャン列島には、そもそも立つ陸がほとんどない。

調べていて一番意外だったのは、これだ。公開されている海底測地アレイを持っているのは、世界で日本だけだった。9帯の表で日本の2つが飛び抜けて見えるのは、地球の性質ではなく、観測の偏りだった。

そして日本海溝は、その日本の中で一番遅れている。

で、いくらかかるのか— 調べたら、公表されていた

最初は「金額は公開されていないので触れない」と書くつもりだった。論文はどれも「costly」「高コストゆえに観測頻度が低い」と繰り返すのに、金額は一度も出てこない。実際、海底地殻変動観測を独立の費目として持つ予算書は見つからない。

でも政府調達の落札結果は、件名も金額も公表されている。探したらあった。

海底音響基準局 4台買入
17,776,000円(令和6年7月11日落札/海洋電子株式会社)
海底音響基準局 2台買入
8,085,000円(令和6年12月9日落札/同社)=1台あたり約404万円
海底地殻変動観測装置 1式買入
69,960,000円(令和6年11月29日落札/同社)=船に載せる側の装置。観測点ごとではなく共用

そして観測点1つに何台使うかは、この観測網のデータ論文にはっきり書いてある。「At each site, seafloor unit usually consists of four transponders array」(Yokota et al. 2018)。水深と同じくらいの半径の円周上に、4台。

つまり「4台買入 17,776,000円」は、ちょうど観測点1点ぶんの調達だった。

1点ぶんの機材費
1,780万円
トランスポンダ4台
海底に1点足すと
+0.956
日本海溝・浅部の分解能
陸上に10点足すと
+0.008
同じ指標で比べて

日本海溝の浅い側は、いま18%しか決まっていない。それを最も効率よく動かす一手が、機材費1,780万円で買える。ヘリコプター識別装置1式(同じ入札一覧に並んでいた)が8,635万円だったことを思うと、桁がちがう。

高いから置けない、という話ではなさそうだった。

ただしここで止める。分かったのは機材費だけで、設置と年数回の観測にかかる船の費用は、いまも分離できない。海洋情報業務の「航空機及船舶運航費」に一括で入っていて、観測点あたりに割れない。論文が「costly」と書くとき指しているのは、たぶん機材ではなくこちらだ。

なので「1点あたり総額いくら」は、まだ言えない。効きの大小は幾何だけで決まるので計算できた。費用対効果は、船の内訳が出ないかぎり出せない。ここは分けておく。

ネタもと— 一次資料とライセンス

海底地殻変動観測(GNSS-A、27点)
海上保安庁 海洋情報部。CC BY-NC 4.0(非商用)。Yokota, Ishikawa & Watanabe (2018) Sci. Data 5, 180182
プレート角速度
NNR-MORVEL56 — Argus, Gordon & DeMets (2011) 12, Q11001。境界は Bird (2003)
沈み込み面の形
Slab2 — Hayes et al. (2018) Science 362, 58–61(USGS)
陸上GNSS速度場
MIDAS — Blewitt et al. (2016) JGR 121, 2054。Nevada Geodetic Laboratory。日本の局は国土地理院GEONET由来
弾性変形・海岸線
Okada (1985) BSSA 75, 1135 / Natural Earth(パブリックドメイン)
調達金額
海上保安庁「入札・落札等の状況(一般競争)」令和6年度。機42・機101・特機24086 の各入札結果。1観測点あたりの台数は Yokota et al. (2018) の記載による
これは防災情報ではありません。
本レポートは公開データを使った観測網の設計計算であり、将来の地震を予測するものではありません。地震・津波の防災情報は気象庁の発表に従ってください。なお本レポートは非商用の研究記録で、使用した海底地殻変動データは非商用ライセンス(CC BY-NC 4.0)です。