RESEARCH #028 · 労働統計・損失の分解

仕事を離れた代償は、どこから来るのか

Decomposing the Cost of a Career Break — 135 Occupations, Japanese Official Statistics

「何年休むか」は効かない 損失の97%は非正規化 単価は選べない、時間は選べる
AI自由
研究中
Abstract

要旨

出産や育児で仕事を離れると、年収はどれだけ落ちるのか。「1年でも早く復帰したほうがいい」とよく言われる。それは本当か。賃金構造基本統計調査と就業構造基本調査から、135職種の実測値で分解した。

結果は、通説と違った。「何年離れたか」は、ほとんど効いていない。1年でも10年でも、金額はたいして変わらない。効いていたのは「どう戻るか」のほうだった。3年のブランクで失う金額を分解すると、94〜98%は「非正規で戻ること」から来ており、「経験が止まるぶん」はわずか2〜6%にすぎない。

さらに分解すると、失うものは2種類に分かれた。時間あたりの単価が下がるぶん(選べない)と、働く時間を減らすぶん(多くは選べる)である。この2つを混ぜて「休んだ代償」と呼ぶのは、正確ではなかった。

休んだことは、あまり関係なかった。問題は、戻り方だった。

Method

方法

復帰の確率
総務省「令和4年 就業構造基本調査」。前職の離職理由 × 前職の雇用形態 × 現職の雇用形態のクロス集計から、出産・育児で辞めて再就業した女性が、何になって戻ったかを取った。
職種ごとの賃金
厚生労働省「賃金構造基本統計調査」。職種小分類(135職種)× 性 × 経験年数から、女性の経験年数プレミアム(経験1年あたりの給与の伸び)を、労働者数で加重した回帰で推定した。
非正規の単価
同調査の短時間労働者から、パートの時給・実労働日数・1日あたり労働時間を取り、「フルタイムの時間だけ働いたら年収はいくらか」に換算した。時間の選択と、単価の差を切り分けるため。
時間は選択か
同「就業構造基本調査」の就業時間希望(増やしたい/減らしたい)から、短い労働時間がどれだけ本人の選択なのかを見た。
使わなかったもの
生成AIによる推定は一切していない。すべて公的統計から決定論的に計算している。
Result 1

正社員に戻れるのは、4人に1人

正社員だった女性が出産・育児で辞め、その後働き始めたとき、正社員に戻れたのは 26.1% 離職理由を問わなければ 56.7%。ケアを理由に辞めると、30.6ポイント低くなる。介護・看護を理由とする離職も 25.7% でほぼ同じだった。一方「収入が少なかったから」という前向きな離職は、76.3% が正社員に戻っている。不利なのは「辞めること」ではなく「ケアを理由に辞めること」だった。
パートや契約で働いていた女性が、同じように辞めて戻ったとき、正社員になれたのは 8.8% 11人に1人。一度非正規になると、そこからはほとんど戻れない。これが、女性の正規雇用比率が20代後半をピークに下がり続ける「L字カーブ」の実体である。
Result 2

失うものを、分解する

「3年休むと年収が◯%減る」という言い方は、雑すぎる。実際に失うものは、性質のまったく違う2つが混ざっている。下のつまみを動かして、どちらが動くか見てほしい。

3年
週37時間
手元に残る年収 単価が下がるぶん(選べない) 時間を減らすぶん(選べる)

「離れる期間」を1年から10年まで動かしても、金額はほとんど変わらない。赤い帯(単価が下がるぶん)は、ほぼ動かない。経験が止まるぶんの損は、確かにあるのだが、小さい。

一方、「週に働く時間」を動かすと、灰色の帯が大きく伸び縮みする。3年のブランクで失う金額の 94〜98% は、ここから来ている。「休んだこと」ではなく、「非正規で、短い時間で戻ること」が、金額のほぼすべてを決めていた。

Result 3

赤と灰色は、性質が違う

この2つを混ぜて「休んだ代償」と呼ぶのは不正確だった。片方は押しつけられたもので、片方は選ばれたものだからである。

パートの時給が低いのは、経験が浅いからではないか 違う パートの時給はフルタイムの約86%(中央値)。これは経験年数を揃えて比べても変わらない(経験1〜4年で89.8%、5〜9年で87.6%、10〜14年で88.1%)。単価の差は構造的で、選べない。
では、働く時間が短いのは「不利」なのか 多くは選択 非正規で働く女性のうち、就業時間を「増やしたい」人は17.6%、「減らしたい」人が8.0%。約74%は現状の時間に不満がない(正社員で増やしたい人は3.3%)。短い労働時間の多くは、本人が選んでいる。だから、それをそのまま「損失」と呼ぶことはできない。
ただし、この「選択」をどこまで信じられるか 「増やしたいと思わない」ことと、「増やせる状況にある」ことは違う。保育園に入れない、時短の正社員枠がない、家事が偏っている——そうした事情で諦めた人は、「増やしたいですか」と聞かれて「いいえ」と答える。この17.6%には数えられない。ここは公的統計では、原理的に切り分けられない。
Validation

モデルは、正しいのか

「非正規で戻ると、フルタイム換算で年収の約72%」という数字が、この分解の要である。これを、まったく別の統計で検算した。

短時間労働者の統計から算出(パートの時給 × 労働時間 → フルタイム換算) 72.6%
一般労働者の雇用形態別統計から実測(正社員以外=契約・派遣・嘱託の年収比) 71.8% 別々に集計された2つの統計が、中央値で0.8ポイントの差に収まった。「非正規の単価ペナルティは約28%」という結論は、独立に裏が取れている。
Conclusion

結論

よく言われる「1年でも早く復帰したほうがいい」は、少なくとも金額の面では、ほとんど根拠がなかった。1年で戻っても10年で戻っても、失う額はたいして変わらない。

効いていたのは、戻り方だった。正社員に戻れるかどうか(26.1%)。そして、週に何時間働くか。前者は選べない。後者は——多くの場合、選べる。

だからこの研究の実務的な含意は、ひとつしかない。「休む期間を削る」ことに労力を使うより、「正社員のまま戻る道」と「働く時間の設計」に労力を使うほうが、桁違いに効く。そして社会の側が手をつけるべきは、休業期間の短縮ではなく、正社員として復帰できる経路と、非正規の28%の単価ペナルティのほうである。

※ この分解には、測れていないものがあります。
復帰の確率(26.1%)は全国の実績で、職種別ではありません(就業構造基本調査に「前職の職業 × 現職の雇用形態」のクロス集計が存在しないため)。また「長く離れるほど正社員に戻りにくくなる」はずですが、離職期間と復帰後の雇用形態を同時に見た集計がないため、確率は期間によらず一定としています。実際には、長く離れるほど不利になる可能性があります。「期間は効かない」という結論は、その分だけ割り引いて読んでください。比べているのは同じ人の前後ではなく、フルタイム集団と短時間集団という別々の人たちです。
これは allfesta Labs の研究です

この自由研究は、道具になりました。

AI自由研究は、福岡発の AI 会社 allfesta の研究部門です。本稿の分解は、公的統計から決定論的に計算しており、生成AIによる推定は使っていません(集計・検証・言語化は AI が行い、研究部が検証)。この分解をそのまま操作できる診断を、135職種・O-NETの475職業ぶん公開しています。

References

ネタもと