要旨— 数えてみたら、犯人が違った
出産や育児で仕事を離れると、年収はどれだけ落ちるのか。「1年でも早く復帰したほうがいい」とよく言われる。それは本当か。賃金構造基本統計調査と就業構造基本調査から、135職種の実測値で分解した。
結果は、通説と違った。「何年離れたか」は、ほとんど効いていない。1年でも10年でも、金額はたいして変わらない。効いていたのは「どう戻るか」のほうだった。3年のブランクで失う金額を分解すると、94〜98%は「非正規で戻ること」から来ており、「経験が止まるぶん」はわずか2〜6%にすぎない。
さらに分解すると、失うものは2種類に分かれた。時間あたりの単価が下がるぶん(選べない)と、働く時間を減らすぶん(多くは選べる)である。この2つを混ぜて「休んだ代償」と呼ぶのは、正確ではなかった。
休んだことは、あまり関係なかった。問題は、戻り方だった。
方法— 何を、どう測ったか
- 復帰の確率
- 総務省「令和4年 就業構造基本調査」。前職の離職理由 × 前職の雇用形態 × 現職の雇用形態のクロス集計から、出産・育児で辞めて再就業した女性が、何になって戻ったかを取った。
- 職種ごとの賃金
- 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」。職種小分類(135職種)× 性 × 経験年数から、女性の経験年数プレミアム(経験1年あたりの給与の伸び)を、労働者数で加重した回帰で推定した。
- 非正規の単価
- 同調査の短時間労働者から、パートの時給・実労働日数・1日あたり労働時間を取り、「フルタイムの時間だけ働いたら年収はいくらか」に換算した。時間の選択と、単価の差を切り分けるため。
- 時間は選択か
- 同「就業構造基本調査」の就業時間希望(増やしたい/減らしたい)から、短い労働時間がどれだけ本人の選択なのかを見た。
- 使わなかったもの
- 生成AIによる推定は一切していない。すべて公的統計から決定論的に計算している。
正社員に戻れるのは、4人に1人— そして非正規からだと、11人に1人
失うものを、分解する— 触ってみてほしい
「3年休むと年収が◯%減る」という言い方は、雑すぎる。実際に失うものは、性質のまったく違う2つが混ざっている。下のつまみを動かして、どちらが動くか見てほしい。
「離れる期間」を1年から10年まで動かしても、金額はほとんど変わらない。赤い帯(単価が下がるぶん)は、ほぼ動かない。経験が止まるぶんの損は、確かにあるのだが、小さい。
一方、「週に働く時間」を動かすと、灰色の帯が大きく伸び縮みする。3年のブランクで失う金額の 94〜98% は、ここから来ている。「休んだこと」ではなく、「非正規で、短い時間で戻ること」が、金額のほぼすべてを決めていた。
赤と灰色は、性質が違う— 片方は選べない。片方は選べる
この2つを混ぜて「休んだ代償」と呼ぶのは不正確だった。片方は押しつけられたもので、片方は選ばれたものだからである。
モデルは、正しいのか— 独立した2つのデータで突き合わせた
「非正規で戻ると、フルタイム換算で年収の約72%」という数字が、この分解の要である。これを、まったく別の統計で検算した。
結論— 「早く戻れ」ではなく「どう戻るか」
よく言われる「1年でも早く復帰したほうがいい」は、少なくとも金額の面では、ほとんど根拠がなかった。1年で戻っても10年で戻っても、失う額はたいして変わらない。
効いていたのは、戻り方だった。正社員に戻れるかどうか(26.1%)。そして、週に何時間働くか。前者は選べない。後者は——多くの場合、選べる。
だからこの研究の実務的な含意は、ひとつしかない。「休む期間を削る」ことに労力を使うより、「正社員のまま戻る道」と「働く時間の設計」に労力を使うほうが、桁違いに効く。そして社会の側が手をつけるべきは、休業期間の短縮ではなく、正社員として復帰できる経路と、非正規の28%の単価ペナルティのほうである。
この自由研究は、道具になりました。
AI自由研究は、福岡発の AI 会社 allfesta の研究部門です。本稿の分解は、公的統計から決定論的に計算しており、生成AIによる推定は使っていません(集計・検証・言語化は AI が行い、研究部が検証)。この分解をそのまま操作できる診断を、135職種・O-NETの475職業ぶん公開しています。
ネタもと— 一次資料・前提
- A総務省「令和4年 就業構造基本調査」(e-Stat)
前職の離職理由 × 前職の雇用形態 × 現職の雇用形態(転職就業者)、職業 × 就業時間希望 × 雇用形態。復帰の確率と「時間は選択か」の根拠。 - B厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(令和5年・令和6年、e-Stat)
職種小分類 × 性 × 経験年数、短時間労働者 職種別、職種大分類 × 雇用形態。経験年数プレミアムと単価ペナルティの根拠。 - C内閣府 男女共同参画局「L字カーブの解消に向けて」
女性の正規雇用比率が20代後半をピークに下がり続ける現象。本稿が説明しようとした対象。 - D戻れる力診断(本稿の分解を操作できる道具)
modoru.dx-fukuoka.com O-NETの475職業に対応。