041刊行 2026-10-20 ・ 読了約5分

クラシックを聴かせた米は、おいしくなるのか。

Does Classical Music Make Rice Taste Better?

稲の遺伝子は、125Hzと250Hzの音で働きが上がり、50Hzで下がった。曲を聴かせて稲がよく育ったという報告もあるが小さな研究1グループだけで、米の味を測った研究は見つからなかった。

調べ方稲と音の論文、モーツァルト効果のメタ分析、消費者庁の表示の指針

規模
論文8本・指針1本
触れる
音の高さを動かすと稲の遺伝子の反応が出て、曲を重ねると音が散らばる
結論
曲の根拠は小さな研究1つ。味は未検証。
Abstract

要旨

田んぼでクラシックを流すと、米はおいしくなるのか。音で稲が変わるという研究は、本当にある。ただ、そこで効いていたのは曲ではなく、音の高さだった。

2007年に韓国の研究チームが、稲に音を聴かせて遺伝子の働きを調べた。光合成に関わる遺伝子は、125Hzと250Hzの音で働きが上がり、50Hzの音で下がった。音の高さによって、上がりもすれば下がりもした。

同じチームは最初、ベートーヴェンの「月光」を含む14のクラシックの曲を稲に聴かせていた。研究チームの話として、このときは反応が見られなかったと報じられた。反応が出たのは、1つの高さの音を鳴らし続けたときだった。

逆に、曲で効いたとする研究もある。スリランカの研究グループは、バッハやモーツァルトを含む西洋のクラシック、インドの古典音楽、読経(ピリット)を聴かせた稲が、2世代とも静かな稲より生育と収量で有意に勝ったと報告した。ただし反復は少なく、米の味は測っていない。

人のほうでも、モーツァルトを聴くと頭がよくなるという「モーツァルト効果」は、約40件・3,000人超を束ねた2010年のメタ分析で、ほぼ根拠が残らなかった。

そして「おいしい」は、遺伝子とは別の試験で決まる。米の食味は、専門の評価員が基準の米と食べ比べて付ける。遺伝子が動いたことは、おいしくなったことの証拠にはならない。商品に「おいしくなる」と書くなら、景品表示法が求める裏付けも、その「おいしい」に対応している必要がある。

稲は音を聞いていた。ただ、バッハだとは思っていなかった。

Method

方法

稲と音
Jeong ら(2007年オンライン公開、Molecular Breeding 21巻、2008年)の要旨。稲に単一の高さの音を聴かせ、遺伝子の働き(mRNA の量)を測った研究。曲を聴かせた予備の試みは論文の要旨に無く、当時の科学ニュースの報道で確かめた。
曲と稲
Munasinghe ら(Nusantara Bioscience、2020年)の本文と、同じグループの2018年の論文(Sri Lankan Journal of Biology)の要旨。曲や読経を聴かせて稲を育てた研究。
植物と音の総説
Hassanien ら(2014年)と Pagano・Del Prete(2024年)の総説。音で植物が変わるという研究が、どの程度そろっているかを見た。
人と曲
モーツァルト効果の元になった Rauscher ら(Nature、1993年)と、その後の研究を束ねた Pietschnig ら(2010年)のメタ分析。
おいしさ
日本穀物検定協会の食味試験の方法と、米の成分と食味の関係を調べた県の研究報告。
表示
消費者庁「不当景品類及び不当表示防止法第7条第2項の運用指針」(不実証広告ガイドライン)の本文。
Result 1

稲は、音の高さで遺伝子を動かした

研究チームは、音を聴かせた稲と聴かせなかった稲で働きの違う遺伝子を探し、そのうち2つを詳しく調べた。

rbcS
光合成で二酸化炭素を取り込む酵素(ルビスコ)の一部を作る遺伝子。
ald
糖の代謝に関わる酵素(アルドラーゼ)の遺伝子。

どちらも、音を聴かせると明るい所でも暗い所でも働きが上がった。研究チームは、音が光の代わりに遺伝子のスイッチになりうる、と書いている。

さらに ald については、音の高さで向きが変わった。

50Hz の音下がった
125Hz の音上がった
250Hz の音上がった

ald のスイッチ部分(プロモーター)に目印の遺伝子をつないだ稲を3系統作り、50Hz か 250Hz を4時間聴かせる実験もした。目印は 250Hz で増え、50Hz で減った。同じ「音を聴かせる」でも、高さを間違えると逆に働くということになる。

ただし、測ったのは遺伝子の働きで、実った米の量や味ではない。当時の報道には、試料の数が少なく信頼に足りないという他の研究者の声も載っていた。

Result 2

曲の根拠は、小さな研究1つ

クラシックを聴かせる話に近い材料は、向きの違う2つがある。

1つ目は韓国のチームの最初の試みである。研究チームの話として報じられたところでは、チームは最初、ベートーヴェンの「月光」を含む14のクラシックの曲を稲に聴かせたが、反応は見られなかった。そこで音を単一の高さに絞ったところ、上の結果が出た。曲が効かなかったから、曲をやめて音の高さを調べた、という順番である。Nature のブログも、研究チームの話として、ベートーヴェンを聴かせても効果がなかったと伝えている。

2つ目は反対の向きの研究である。スリランカの Munasinghe らは2020年、2品種の稲に、西洋のクラシック(ベートーヴェン、バッハ、モーツァルト)、インドの古典音楽、読経(ピリット)、ロックを聴かせた。音の大きさは55〜60dB、種から30cmの所で流した。クラシックと読経を聴かせた稲は、親と子の2世代とも、静かな稲より背丈、千粒の重さ、実の入った籾の割合などで有意に勝った。ロックがいちばん振るわなかった。

規模
発芽は2反復×種10粒、ポットは5反復×3株。1つの研究グループの、小さな実験である。著者自身も、確かめるにはさらに研究が要ると書いている。
前の研究
同じグループは2018年にも、読経とポップスで稲の生育と収量が変わったと報告した。こちらのポットは2反復×5株で、クラシックは試していない。
測っていないもの
どちらも、米の味(食味)や成分は測っていない。仕組みも分かっていない。

つまり、曲で稲が変わるかどうかは、反応なしという報道と、効いたという小さな報告が並んでいる段階にある。

植物と音の研究はその後も増えた。総説を読むと、効果が出たという報告は多いが、音の種類も大きさも時間もばらばらで、条件が書かれておらず追試できない研究もある、と指摘されている。仕組みも多くは分かっていない。中国では単一周波数の音を当てる装置で稲の収量が増えたという報告もあるが、これも曲ではなく決まった周波数の音だった。

人のほうはどうか。1993年、大学生がモーツァルトの2台のピアノのためのソナタ(K.448)を10分聴くと、直後の空間の課題の成績が上がったという短い論文が Nature に載った。これが「モーツァルト効果」として広まった。

2010年、ウィーン大学のチームが未発表の論文まで集めて約40件・3,000人超を束ねた。小さな効果は出たが、元のチームの研究ほど大きく、他のチームでは小さかった。公表の偏りを直すと効果はさらに縮み、モーツァルトに特有の効果はほぼ根拠が残らないと結論した。

曲の効き目は、人では消え、稲ではまだ小さな報告が1つあるだけ。

Result 3

「おいしい」は、別の試験で決まる

遺伝子が動いても、それで米がおいしくなったとは言えない。米のおいしさには、おいしさを測る試験がある。

食べ比べ
日本穀物検定協会の食味試験では、専門の評価員20名が、複数産地のコシヒカリを混ぜた基準米と比べて食べる。外観・香り・味・粘り・硬さ・総合評価の6項目で、基準米との差を見る。
成分
アミロースが多いとご飯は硬く粘らなくなり、食味は劣る傾向がある。タンパク質の量も食味と逆向きに関わることが知られている。

光合成の遺伝子が上がった稲が、アミロースやタンパク質の少ない、粘りのある米を実らせるかどうか。そこを測った研究は見つからなかった。遺伝子から茶わんまでには、育ち方、実り方、炊き方の段がいくつもある。

この「あいだ」は、表示のきまりにも出てくる。景品表示法の不実証広告規制では、消費者庁は商品の効果の表示について裏付けの資料を求めることができる。提出期限は原則15日で、出せなければ、その表示は不当表示とみなされる。

資料には2つの要件がある。客観的に実証されていること。そして、表示された効果と、資料が実証した内容が適切に対応していること。指針はこんな例を挙げている。

表示家の中の害虫を駆除家庭用の害虫駆除器について、公的機関の試験結果が出された。
資料アクリルケースの中試験用のケースの中で、電磁波で害虫が一時的に避けるのを確かめただけだった。
判断対応していないふつうの住まいで駆除できることを実証していないので、裏付けとは認められない。

稲の話に置き換えると、実験室で特定の音を当てて遺伝子が動いたという論文は、「この米はおいしい」の裏付けにはなりにくい。音の種類も、測ったものも違うからである。

Case

音楽で作った、とうたう品

音楽を聴かせて作ったという食べ物は、米より先に酒にあった。

福島県喜多方市の小原酒造は、モーツァルトを聴かせて酒を造る蔵として知られ、日本初の音楽酒をうたっている。神奈川県や徳島県にも、モーツァルトを聴かせて醸したことを銘柄の由来にする酒がある。徳島の蔵は、振動装置でモーツァルトを聴かせた酒と、聴かせない酒を飲み比べられる形で売った。比べる相手を一緒に出すのは、この分野では珍しいやり方である。

米にも、田んぼや保管倉庫でモーツァルトを流したとうたう品がある。成分の倍率を自社の実験の値として添える例も、癒しなどの働きを「言われています」と書く例もあった。

ここで言えるのは、音楽を流したこと自体は事実として書ける、ということである。「モーツァルトを流して育てました」は、流していれば本当だ。線が引かれるのは、そこから先の「だから甘い」「だから体にいい」の部分になる。

Try it

音の高さを動かす

つまみを動かすと、その高さの音で論文が何を見たかが出る。下のボタンで、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」第1巻第1番の前奏曲の、冒頭4小節に出てくる音を重ねられる。音は鳴らない。

上がった(125・250Hz)下がった(50Hz)曲の音

論文の点は Jeong ら(2008)の要旨にある ald 遺伝子の結果。曲の音は、前奏曲の冒頭4小節(ハ長調の和音が4つ)に出てくる10の音の基本の高さを、ラ=440Hz の平均律で計算した。倍音は基本の高さの2〜5倍を薄く描いた。

Conclusion

結論

クラシックを聴かせた米がおいしくなる、という根拠は見つからなかった。稲の遺伝子は音の高さで動いた。曲で稲がよく育ったという報告は小さな研究の1グループだけで、おいしさを測った研究は見つからなかった。

音で植物が変わるという研究は、ばかにできない。ただし、効いていたのは単一の高さの音で、高さによっては逆にも働いた。曲には、数え切れないほどの高さの音が、目まぐるしく入れ替わりながら入っている。研究の音と曲は、別のものである。曲を聴かせた稲が育ったという報告も、反復が少なく、ほかのグループの追試はまだ無い。

それでも、音楽を流して育てることは、うそではない。「流しました」と書くのは事実で、そこに物語を感じて買う人もいる。線は「だからおいしい」と言うところにある。言いたければ、言える試験をすることになる。

次の問い:同じ田んぼを区切り、流す区画と流さない区画で食べ比べたら、差は出るのか。

※ 論文と指針を読んだもので、栽培の実験はしていません。
Jeong らの論文は要旨のみを読み、本文の試料数や音の大きさは確かめていません。曲を聴かせた予備の試みは研究チームの話として報じられたもので、論文の要旨には書かれていません。スリランカの研究は2020年の論文を本文まで読み、2018年の論文は要旨を読みました。中国の収量の報告は総説からの孫引きです。音楽米の表示は2026年10月4日に見た販売ページによるもので、今回は社名と数値を載せていません。法律の解釈ではなく、指針の文言の紹介です。
References

ネタもと