035刊行 2026-09-24 ・ 読了約6分

隣の国とは、同じ地図を見ているのか。

Do Neighbors Share the Same Map? — Overlaying 32 Point-of-View World Maps

手法
各国視点の地図32枚を重ねた
規模
総当たり465組
触れる
場所を選ぶと、32枚の描き方が並ぶ
結論
食い違いは17か所。
Abstract

要旨

世界地図は、どこの国で買っても同じだと思っていた。国境の線は、描く国によって違う。同じ土地を、隣り合う2つの国がそれぞれ自国の色で塗っている地図が、実際に出回っている。

きっかけは「韓国の地図では、対馬も韓国になっているらしい」という噂だった。確かめるために、世界31か国がそれぞれ自国の立場で描いた世界地図と、どこにも肩入れしない中立版、計32枚を集めた。これを総当たりで重ね、2つの国の地図が同じ土地を自国に塗っている場所を、面積つきで拾い出した。

結果、食い違いは世界で17か所あった。いちばん大きいのは中国と台湾で、台湾版の地図は中国大陸まで自国に塗る。EUの中、スペインとポルトガルの間にもあった。一方、噂の対馬は32枚すべてで日本だった。日韓の地図が食い違うのは竹島/独島の0.03km²だけである。

同じ地球でも、見ている地図は国の数だけあった。

Method

方法

地図
無料の世界地図データ Natural Earth(5.1.1版)には、「その国から見た国境」で描き分けた版がある。日本版、韓国版、中国版、インド版……と31か国分、それに中立版(ISO)で計32枚。パブリックドメインで、誰でも使える。
主張
各国版から、その国が自国として塗っている面を全部取り出す。これをその国の「言い分」とみなした。
重ね方
31か国の組み合わせ465組を総当たりで重ね、2つの言い分が物理的に重なる面を計算した。面積は、面積が正しく出る地図の投影法で測った。
点の問い合わせ
対馬や竹島など30か所の地点を、32枚それぞれに「ここは何色で塗ってある?」と問い合わせた。次の Result 1 で触れるのはこの結果である。
Result 1

32枚の地図に、聞いてみる

場所を選ぶと、32枚の地図がそれぞれその場所を何と描いているかが並ぶ。全員一致の場所もあれば、きれいに割れる場所もある。

場所
「~」つきは小さな島で、地図の分解能の限界のため最寄りの陸地で判定したもの。「空白」はその地図がその場所をどの国にも塗っていない(または載せていない)ことを表す。

台北を選ぶと、台湾24枚・中国8枚に割れる。西サハラは西サハラ22枚・モロッコ10枚、コソボはコソボ18枚・セルビア14枚。どちらの色で塗るかは、描いた国がどちらを国として認めているかで決まる。ゴラン高原ではシリア16枚・イスラエル2枚に加えて、14枚が空白のまま残している。決めないことを選んだ地図である。

Result 2

隣どうしで食い違うのは、17か所

465組を総当たりで重ねて、2つの国の地図が同じ土地を塗っていたのは17か所だった。ほとんどが、国境を接する隣どうしである。大きい順に上位と、あまり知られていない2か所を挙げる。

中国大陸と台湾(中国×台湾)9,484,814km²台湾版の地図は、中国大陸まで自国として描く。中国版は台湾を自国として描く。お互いが相手をまるごと含む、桁違いの1位。
カシミール(インド・パキスタン・中国など5組)270,711km²3つの隣国の地図が、同じ山岳地帯を重ねて塗っている。
南チベット/アルナーチャル(中国×インドなど)135,935km²インドが実効支配。中国版の地図は自国に塗る。
ジュナーガド(インド×パキスタン)8,651km²インド西部。パキスタンが1947年から主張している。カシミールほど知られていないが、面積は北方領土の2倍近い。中立版の地図では、どの国にも塗られない穴として抜けている。
オリベンサ(スペイン×ポルトガル)594km²EUの中、しかもNATOの同盟国どうしの食い違い。スペインが治めている町を、ポルトガル版の地図は自国に塗る。仲のいい隣国でも、地図は一致しない。

ほかに、クリミア(27,095km²)、フォークランド(11,597km²)、ヨルダン川西岸(6,195km²)、北方領土(4,930km²)などが並ぶ。

Result 3

日本の地図が食い違うのは、3か所だけ

では日本の地図は、隣の国の地図とどこで食い違うのか。日本版とほかの31枚を全部重ねた。

南千島(北方領土)× ロシア4,930km²ロシアが実効支配。
尖閣諸島 × 中国・台湾3.75km²日本が実効支配。
竹島/独島 × 韓国0.03km²韓国が実効支配。データ上は実際(約0.2km²)より小さく描かれている。
対馬 × 韓国0km²32枚すべてが日本と描く。韓国版、中国版、台湾版、ロシア版を含めて例外は無い。

日本の地図の食い違いは、この3か所で全部だった。沖縄、与那国、南鳥島、小笠原など日本の島18か所を問い合わせても、32枚すべてが日本と描いた。

対馬の噂も、地図だけでなく政府の立場で確かめた。1949年に当時の李承晩大統領が対馬の返還に言及したことはあるが、その後の日韓の交渉で立ち消えになり、いまは韓国政府も公式には対馬を主張していない。地図と政府の立場が、ここでは一致している。

Result 4

地図に描かれない食い違いもある

見つけた17か所は、調べるとすべて本物の係争だった。架空の食い違いは1件も出ていない。ただし、見逃しが少なくとも5件あった。

南極(アルゼンチン×イギリス)約96万km²言い分は大きく重なっているのに、この地図データにはどの版にも南極大陸が入っていない。これ1件で、2位以下16か所の合計の2倍を超える。
朝鮮半島(韓国×北朝鮮)約12万km²韓国の憲法は朝鮮半島全体を自国の領土とする。ところが韓国版の地図は、北朝鮮を北朝鮮として描いている。
ウクライナ東部4州(ロシア×ウクライナ)約11万km²ロシアの併合宣言は2022年9月。データの配信は2022年5月で、間に合っていない。

さらに、視点版がある国は31か国だけである。ベネズエラとガイアナのように、片側の地図が無い争いは原理的に出てこない。海の争いも、陸地を重ねるこの方法では写らない。「食い違いが無い」は「争いが無い」ではない。

Conclusion

結論

隣の国とは、同じ地図を見ていない。少なくとも17か所で、隣どうしが同じ土地を自分の色で塗っている。

学校で使う地図も、ニュースで映る地図も、どこかの国の立場で描かれている。私たちが見慣れた日本の地図は、北方領土も竹島も尖閣も日本の色で塗る。それを当たり前だと感じるのは、日本で作られた地図しか見ていないからである。隣の国の子どもは、同じ場所が別の色で塗られた地図で育つ。

ただし、地図を重ねて分かるのは食い違いの場所までで、どちらが正しいかではない。地図は争いを見つける検出器にはなるが、台帳にはならない。対馬の結論が保つのも、地図が正しいからではなく、韓国政府の立場を別に確かめたからである。

次の問い:地図に載らない「海の食い違い」は、どれだけあるのか。

※ これは公式の地図ではありません。
Natural Earth は民間のデータで、各国版は「その国ならこう描くだろう」という第三者の再現です。各国政府が発行した地図そのものではありません。また、ここで測ったのは「主張」であって「実効支配」ではありません。本稿は領土問題についてどちらかの立場を支持するものではありません。
これは allfesta Labs の研究です

32枚の地図は、ぜんぶ触れます。

自由研究は、allfesta の研究部門です。本稿の計算に使った道具は、世界地図の上で17か所の重なりを見られる形で公開しています。小学校中学年向けの版もあります。データの取得・計算・言語化は AI が行い、研究部が検証しています。コードとデータはすべて公開しており、同じ結果が再現できます。

References

ネタもと

  • ANatural Earth 5.1.1「Admin 0 – Countries, point-of-view」(2022年5月配信、パブリックドメイン)
    31か国の視点版と中立版、計32枚。本稿の一次データ。
  • Bmap-pov-overlap(GitHub、MITライセンス)
    本稿の計算一式。make 1回で同じ結果が出る。官製資料と照らした取りこぼしと誤検出の一覧も、ここに載せている。
  • C各国視点地図の重なり(公開版)
    17か所の重なりを地図で見られる。小学校中学年向けは /kids/。
  • D大韓民国憲法 第3条
    「大韓民国の領土は韓半島とその附属島嶼とする」。韓国×北朝鮮の取りこぼしの根拠。